例えばテレビドラマなどで、徳川家康とか、秀吉とか、信長とか、様々な昔の権利者の人生をやるが、これはあくまでも上から目線であり、今ならプーチンや、習近平や、北鮮の馬鹿殿目線であり、
ハッキリ言って無意味。プーチンや、北鮮の馬鹿殿は、気に入らない奴は、即虐殺❗家康、秀吉、信長も100%同じ❗
自分に歯向かう奴は、即虐殺❗
こんな無慈悲な、残酷な、非情な、超独裁者❗の歴史上の権力者❗を🦸英雄化❗する意味はない❗
何故人びとは、歴史上の権力者❗の生き方❓️を、馬鹿面して喜んで夢中😌💓♥❤になりテレビドラマに釘付け❗になるのか❓️僕には理解不能(笑)🤣❗
歴史ドラマを作るのならば、例えば民俗学者の宮本常一の膨大な作品の中から、拾いあげれば、数百本❗の歴史上の人間ドラマが出来る❗のではないか❓️
例えば『山に生きる人びと』とか『甘しょの歴史』とか、無数に有る。宮本常一さんの世界は、あくまでも庶民目線❗
青人草の一般庶民の目線❗の歴史上の🈚️無数、♾️無限の人生模様❗をテレビドラマ化するべき❗
どうする❗家康❗など、どうでもよい話❗大体、徳川家康は、偽物❗である。岡崎で生まれ、今川義元の人質で駿府城で幼少時代を送った、岡崎城のボンボン(お坊ちゃん)、松平元康(後の徳川家康と一般的に信じられている人物)は、後に浜松城の城主になるが、原因は不明なれど、何らかの理由で、病死❓️か❓️
または殺されているらしい❓️その浜松城のドタバタ騒ぎの、どさくさに紛れて、浜松城に入り込んできた、出所不詳❓️の願人👨🦲坊主、所謂修験者の世良田元信と言う、極悪非道ではあるが、悪知恵に長けた、超やり手の若者、多分28~30歳位❓️と、その手下ども、恐らく7~8人位❓️が、大混乱❗状態の浜松城を乗っ取った可能性が極めて高い❗❗❗❗
松平元康(岡崎元康)の妻、築山御前は、浜松の佐鳴湖に近い処で、切り殺された。本当は、築山御前の息子、岡崎二郎三郎信康と同様に二俣城に埒監禁して切り殺す📅予定だったと言われているが、
築山御前は、主の松平元康が、多分❓️誰か❓️の策略❓️で殺害されたらしい❓️その首謀者が、本当は、出所不詳❓️の極めて怪しげな、願人👨🦲坊主の世良田元信❓️一味らしい❓️事に気付き❓️
二俣城に埒されていくことに反発❗したため、世良田元信の命令❗で、佐鳴湖付近で虐殺❗正にまさに、プーチンや、北鮮の馬鹿殿と100%やることは同じ❗
気に入らない、邪魔者は即❗消す❗
築山御前と、松平元康(岡崎元康、つまり通説での、後の徳川家康。)夫婦の長男である、岡崎二郎三郎信康は、通説では、織田信長の命令❗で、二俣城内で切腹❗と言われているが、
これはあり得ない❗あり得ない❗絶対的にあり得ない❗100%出鱈目な作り話❗❗❗❗
要するに、徳川家康❗と言う超やり手の権力者❗は、岡崎城の、お坊ちゃん❗ではあり得ない❗お坊ちゃん❗は、さっさと、世の中から消され(笑)🤣❗
全くの山賊🦹的な❗生まれ育ちのハッキリしない❗逞しい❗頭も良く、体力も半端でなく、実行力、行動力に長けた、野性的な、世良田元信❓️と言う謎❓️の人物と、その子分達7~8人のグループにより、浜松城を完全に掌握されてしまった😵💧のが、
本当の本物の絶対的に、真相❗なのであります❗
僕は中二の時に、『週刊文春』誌に載った、『徳川家康を偽者と、断定した男❗』と言う、確か5頁の記事を読み❗
大いなるショック😱⤵⤵を受け❗この記事を切り取り、紙がぼろぼろになるまで数百回❗繰り返して読みました❗
これは明治の本当に初期に、村岡素一郎と言う民間の研究家の『史疑・徳川家康事項』と言う単行本❗と、それを元にした、作家の南條範夫さんの単行本『三百年のベール』に基づいて、直木賞作家の榛葉英治さんが書いた記事。記事を榛葉英治さんが、書いたと言う事は、それから数十年後に、榛葉英治さんからの📩手紙で始めて知りました(笑)❗
今から30年位前に徳川家康偽者説❗のブームに、なり様々な人が、沢山の類似本❓️を出しましたが、僕は一切合切読んでいない❗
僕にとっては、村岡素一郎さんの研究しか信じない❗
しかしながら何れにしろ、徳川家康❗は岡崎城のボンボン(笑)🤣❗ではない❗❗❗❗❗
極めて怪しげな、それでいてものすごいやり手の、全くの無名人❗なのであります❗
これが歴史なんだよ❗わかるかい🤣(笑)❗テレビドラマ、どうする❗家康❗など馬鹿らしくて、観る気もない(笑)🤣❗
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