今年の節分👹以来、人間は何時までも元気で働ける事は無いと言う事をしみじみと感じ始めました。
生老病死の深い意味の、一滴を何となく理解できて来ました。
暫く見なかった知人、友人が弱った姿を見て、他人事ではない、現実をつくづく感じました。
信長は、人生50年と謳いました。今や人生80年時代。しかしながら、健康寿命の人生でなければ、80歳も無意味です。
頭も身体かも、しっかりして、人に頼らずに、食べる、Toilet、風呂🛀、そして家事全般が出来ない人生ならば、既に廃人です。廃人になり、施設などで、人さまの手を借り無ければ、活きれない人生ならば、人間として、意味がない。
僕は何としてでも、健康寿命の人生を後何年間か、送りたい。最早それ例外は、何も👋😞いらない。
僕は僕自身が救われる唯一無二の方法は、ただひたすらに懺悔、懺悔、六根清浄を四六時中唱え、そして又その精神を忘れずに実行するのみ。
懺悔、懺悔、六根清浄。懺悔、懺悔、六根清浄。懺悔、懺悔、六根清浄。
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