1965年のボスホート有人宇宙船で世界初の宇宙遊泳に成功した❓️とソ連が、発表したレオノフ宇宙飛行士は、確か、1969年の春に日本の中日新聞の記者に、
『ソ連もアメリカのアポロ計画と同じ様に、有人および無人の月着陸宇宙船を開発中であり、日本の1970年の大阪の万博に月🌛の石を展示したい。』と語りました。
ソ連の無人月着陸宇宙船ルナー15号は、アポロ11号の打ち上げの3日前の1969年7月13日に打ち上げられて、月まで行き、月🌛の周回軌道に入り、7月20日に月着陸態勢に入りましたが、減速に失敗して、時速480キロメートルの速度で月面に激突しました。
アポロ11号の人類初の有人宇宙船の月🌛着陸成功の僅か数時間前の事でした。
レオノフ宇宙飛行士は、最後の最後迄、自分を有人宇宙船の月着陸計画の宇宙飛行士として、打ち上げて欲しいと当局に懇願の手紙を出しましたが、ソ連の指導部は、これを却下しました。
この間の経緯は、レオノフ宇宙飛行士の書いた本の中に出ています。レオノフ宇宙飛行士はソ連の有人宇宙船の月着陸計画の訓練宇宙飛行士の一員であり、本来はレオノフ宇宙飛行士が、ソ連人として最初の人に成るはずでした。
ソ連の有人月着陸宇宙船ルニック1号計画の訓練宇宙飛行士は恐らく、10人位❓️いたと考えられます。
本来はレオノフ宇宙飛行士を一番乗りにする計画だったのでしょうが、2年前のソューズ1号のコマロフ宇宙飛行士の地上激突事故死で、酷く敏感になっていた当局は、万が一レオノフ宇宙飛行士の月着陸計画の失敗😵💧を考えて、レオノフ宇宙飛行士の打ち上げを止めて、他の無名の訓練生の宇宙飛行士2人をアポロ11号の打ち上げの17日前にN1ロケット🚀で秘密裏に打ち上げました。
つまり、最後の最後迄、アメリカよりも一日も早く、人間を月に送り込み、月🌛の石を地球🌏に持ち帰りたかったからです。
無人月着陸宇宙船ルナー15号も成功させて。無人、有人両方の月🌛着陸宇宙船で世界中をあっと言わせたかったに違いなく、プロパガンダ国の常套手段なのでありました。
要するにソ連の宇宙開発は、1957年のスプートニク1号以来、科学的な意味での目的はニの字であり、あくまでも国家の威容、威厳の誇示以外には何も有りませんでした。
翌年の1970年の秋に無人のルナー16号が、世界初の無人の宇宙船による月着陸に成功して、僅か100g低度の月🌛の砂を地球🌏に持ち帰り、大阪の万博に、何とか間に合い、万博会場に展示されました。
そして月日は流れ、あれから55年、未だにソ連ロシアは、月に👦人を送り込む事は出来ません。
ソ連に宇宙開発の全てを教えて貰ったChinaは、今やソ連ロシアを追い抜き、2030年には、有人月着陸宇宙船を、打ち上げるでしょう。この世の虚しさを感じます……😓。
嗚呼、ソ連ロシアの宇宙開発とは一体全然何であったのでしょうか❓️
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