雪山先生は今から14年前に103歳で他界された。僕は雪山先生が亡くなる2ヶ月位前に、浜名湖の舘山寺の老人介護施設に入っておられた時に御見舞いに伺いました。個室で休まれていた。
僕は雪山先生の耳元で、『天竜の平野です。』と呼び掛けましたが、分からないご様子でした。
僕は先生の耳元で、大声で『天狗👺の平野です❗』と数回言いました。すると雪山先生は、僕の事を思い出して『ああ~平野君か❗』と返事されて、色々な話をしました。先生は、耳が少し遠くなっていましたが、頭は正常で、認知症などにはなってなく、僕が秋葉山のお寺さんなどの近況報告をしました。
先生は『天狗👺界から106歳迄、寿命を延ばす❗』と、通信が入った。『106歳は、いくらなんでも長すぎる。』と、言いました。
高林雪山先生は、70代の頃から、天狗👺界から91歳の寿命だと言われた。なんとしてでも91歳迄は生き抜く。と、繰り返して語り、又書き続けていましたが、91歳の時に最後の著作『みどりの旋風(かぜ)浜松より起きる』を出版して、季刊紙『みどりの旋風(かぜ)』の第1号を出しましたが、遂に2号は出すことなく、雪山先生の全活動は、THE END。
高林雪山先生には沢山の弟子、信者、フアンがいました。先生が80代の後半の頃でも日本各地や、世界各地に、弟子や信者さん達数十人をお伴にされて、頻繁に出掛けられていました。月刊新聞『気功のまち』には、毎月の様にあちこちに皆様方と神社仏閣などを廻りながら、様々な教えを説いていました。70代後半~80代過ぎても講演会を複数回開き、800人、650人、250人、400人など、まるで芸能人みたいな感じで、多くのフアンが雪山先生を取り囲み、皆様方で談笑されている写真なども沢山有りました。
先生は自らの後継者を選び、全権力のノウハウを伝えて、遺作『みどりの旋風(かぜ)浜松より起きる』にも書き記しました。
この最後の著作の中には、様々な方々のお名前など記されています。
が、しかしながら…………😓。雪山先生の他界と共に全てが、宇宙の中に消え去りました。沢山有った気功法の支部長とかその他に、月刊新聞『気功のまち』に登場した沢山の方々。先生の6冊の著作の中で、登場した様々な分野の方々。その他にも頻繁に雪山先生と色々な方法で連絡しあった沢山のフアン的な方々。
熱心なお弟子さんは少なくても、100人近くは確かに存在した❗
しかしながら雪山先生の死去❗と共に、誰一人、たった一人だに無し………😓。
みんな❗一体全体❗何だったんだよ❗
正にまさに『祇園精舎の鐘の声。諸行無常の響き有り。』の世界………😓。
この世は.無常なり.全ては変わって行く.雪山氏の冥福を感じます.
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