2025年3月2日日曜日

生まれ変わって独り言

 昨日夜、突然小田原の藤木さんから電話を戴きました。木曽の御嶽山登山を、お誘いしましたが、脚の膝の具合が、芳しくないらしくて、矢張無理のご様子でした。

僕のブログは、見ていてくださる由です。大変有難い事です。藤木さんには、大変色々応援して戴きました。心より深く厚く感謝しております。何時の日にか、お返ししなければ成りませんが、今の僕の生活では、どうする事も出来ずに、ずっとご無礼ばかりで、大変申し訳なく、心苦しいです。

藤木さんは、確か今から18年位前に、突然僕の自宅🏡を訪ねて来られました。僕が昔出した古代出雲王国の本📗の件で、見えたのでした。

その後何回も、僕が昔やっていた【宇宙遠足をしょう会】に参加されました。林君や丹羽君などと、あちこちの一泊小旅行をしました。

藤木さんは、当時各地の神社・仏閣などを訪ねて車🚙で走られていました。霊感が強く、様々な方面の本📚を沢山読まれていました。日航ジャンボ機墜落事件(これは事故ではなく、大事件❗)の御巣鷹山の現場にも複数回行かれて、鎮魂・供養をされたようです。藤木さんの夢枕に、亡くなった機長さんが現れて、

『これは事故ではない。事件だ。事件だ。』

と話されたそうです。藤木さんは、

『機長。どうか成仏なさって下さい。』と、機長さんに語りかけたそうです。

藤木さんは、長年病院のレントゲン技師として働かれた方です。又鍼灸・マッサージ師の資格を、お持ちの方です。大変な心優しい、素晴らしい性格のお方です。

大変素晴らしい人が、僕の仲間にもおります。有難い事です。

生まれ変わって独り言

アメリカのジエームズ・オバーグさんのソ連宇宙開発に関する本です。『謎が解明されつつあるソ連の宇宙開発』。オバーグさんの本は、最初の物は『軌道上の赤い星』。オバーグさんは、旧ソ連の宇宙飛行士の秘密事故死亡の噂話は、噂に過ぎなかった❗と言う説を世界に広めた方です。確かにたしかに、ジェームス・オバーグさんは、物凄い研究家です。確かに彼の説が本当かもしれません。しかしながら、ジェームス・オバーグさんは、大変な金銭的にシビアな方❓️の様でして、東京のテレコムスタッフと言うテレビ番組制作会社の数人のスタッフの方々が、今から30数年前に、突然僕の所に訪ねて来まして、色々お話しまして、後日、ガガーリンに関する番組を放映しました。その際に僕がアメリカのジエームズ・オバーグさんと言う方がソ連の宇宙飛行士の秘密事故死亡❓️の噂話について、かなり詳しい様なので、一度取材に行かれたら如何ですか❓️と、紹介しました。テレコムスタッフの方々が、僕の提案で実際にオバーグさんを訪ねて取材をお願いしたら、トンデモナイ目玉が飛び出る(笑)❓️金額の取材費を要求❗してきた❗と、僕に電話で確かにたしかに語りました。多分数百万円❓️かなあ(笑)❓️テレコムスタッフの方々は、断りました。後日オバーグさんは、取材費を下げて来たらしく、取材した由ですね(笑)。



 この色紙は、ブラジルの預言者ジュセリーノさんが浜松で講演会を開き、僕の為に、わざわざ色紙にサインしてくれました。色紙を頂いたのは、僕一人だけですね(笑)。理由は、実は有るのですが。🤭(笑)

生まれ変わって独り言

左の本📗は、1999年に出た、『スプートニク』(筑摩書房・刊。)スペインのジョアン・フォンクベルタと言う人の大変面白い、旧ソ連宇宙飛行士秘密事故死をテーマにした名作です。この本が出た事を僕に知らせてくれたのは、東京の野崎正幸さん。『平野さんの本とよく似たテーマの本が出ています。』と言う、ハガキを戴きました。僕は即入手しました。物凄いショック😱⤵⤵を受けました。トンデモナイ本が出た❗と。読了して、今一度丁寧に読みました。何かおかしい❓️何なんだ❓️これはもしかしたらフィクションではないか❓️と、突然感じ、出版社である筑摩書房に電話で問い合わせました。矢張フィクションでした。しかしながら、大変面白い超名作の小説。僕の本、つまり右側の『幽霊宇宙船伝説』の100倍、いやいや数百倍以上面白い物です。但し、僕の本の方が10年早く世に出ました。僕の本は、1989年刊。日本では、その後も類似本は一冊も出ていない。
この2冊の本は、左の本は、2011年にロシアのアレクサンドリア・ジェレニアコーフさんと言うロシアの研究家の『秘密の宇宙―ガガーリンは(本当に)最初だったのか❓️』と言うタイトル。右側は2006年に出た同じ著者の『秘密の宇宙―軌道に乗った神話と幽霊』と言うタイトルの本です。この2冊の本は、旧ソ連宇宙飛行士秘密事故死の噂話の完全・否定論です。ジェレニアコーフさんは、他にも沢山の類似本を書いています。最近では、インターネット上でも、よく出ている。

僕の本『幽霊宇宙船伝説―闇に消えたソ連宇宙飛行士の謎』は、確かにたしかに、KKワールドフォトプレス社の今井今朝春社長さんの言われる如く、『アマチュアっぽい感じがする。』と言うのが正解⭕ですが、実際問題僕は100%アマチュアの単なる好事家。つまり物好きに過ぎないのだから...…😓。しかしながら、多分❓️恐らく、世界初❗のソ連宇宙飛行士秘密事故死❓️の噂話を一本に纏めた、その意味では、多少なりに意味が有ったと、自己満足🍴🈵️😆しています(笑)。
世界各地で近年は、様々な方々が、類似本を書いています。『失われた宇宙飛行士』等と言うタイトル他……👍

世界の公式の宇宙開発史では、旧ソ連宇宙飛行士の事故死は
①ソユーズ1号のコマロフ飛行士
②ソユーズ11号の三人の宇宙飛行士
の計4人のみと、記録されている。
僕は、絶対的に信じません❗僕は戦後の1945年以降~今日の2025年迄の80年間で、もしかしたら200人以上❗❗❗❗の『(広い意味での)宇宙飛行士』の秘密事故死❗❗❗❗が有ったのではないかなあ❓️と、思うのですが❓️果たして、如何❓️………😓。
 


2025年3月1日土曜日

生まれ変わって独り言

 フィリピン~🇹🇼台湾~沖縄~九州~四国~近畿地方~東海地方~更にさらに東へ…………😓。向かう、南海トラフ。

超巨大な、有史以来の大異変が、極力小さく、軽く、ソフトに済まされます様に、地球🌏の全天使👼様方。大天颶(テング)・天狗👺様方。の絶大なるお働きを、お願い申し上げます。

地球上の全天使👼様方の数は分かりません。欧米では天使👼の研究をされている方が沢山有ります。僕は今から45年以上昔に或る本屋で部厚い天使👼の研究書を見たことがありました。パラパラ見ただけでした。

ジョン・A・キールは、或る本📗の中で、天使👼とのコンタクトと、空飛ぶ🛸円盤・エイリアン👽とのコンタクティ達の体験談には、沢山の共通点が有ると、書いています。

今回小田原の藤木さんから頂いた天狗👺様の本の中にも、天使👼達と、天颶(テング)・天狗👺様方との共通点を述べています。【天使🟰天狗🟰エイリアン👽】なのかもしれません。

つまりエイリアン👽は外宇宙からの訪問者ではなく、あくまでも地球上の別の次元(異次元)からの訪問者と言うか❓️彼らも又、広い意味での、地球人。そう、ジョン・A・キールの言うところの【超地球人】ではないだろうか❓️

つまり異次元の住民である、人間以外の存在者達は、矢張地球の大異変の影響を何等かの形で受ける。その為に彼等も、なるべく大難が、小難に、出来ることならば、無難で済まされるます様に、何等かの動きをしないと、異次元の住民である天使👼や天颶(テング)・天狗👺様方も困る😓のではないだろうか❓️


生まれ変わって独り言

 2月28日(金)に、秋葉山登山(登り。2時間20分間。下山。1時間50分間。)して合計4時間以上。自宅🏡からの車🚙の往復時間が、1時間20分間。全部の合計時間が、約5時間半位掛かります。

矢張大変疲れました。76歳過ぎたジジイ👴なんで、二日過ぎても体全身の疲労感が中々取れない。昨日と今日は仕事。お昼過ぎに、帰宅🏠👣して、昨日も、今日も自転車🚲で、45分間走る。このコースは、何時もは🚶‍♂️歩く。一時間20分間掛かります。自転車🚲の45分間も中々しんどい。ママチャリです。

今30分間程ソファーで身体を横にして休めながら、このブログを書く。今から、おかずを2品作る。明日は休みで、部屋などの掃除する。

午後は高井さんのお宅で、詩吟の勉強会。

生まれ変わって独り言





 上の2枚の写真は、かつて僕が出した沢山の小冊子の一部。僕は自分の人生で、無数の小冊子や、パンフレットを出した。その数は軽く1000種以上。400字詰の原稿用紙で軽く10万枚以上書きまくりました。1000種の小冊子の大半は手書きのコピー判。部数は何時も50~100部程度。

下の2枚の写真は名古屋の仙人。田口勝世先生の出された小冊子の一部です。田口勝世先生は『天国の花園』『神坂峠』『天国童話集(全2巻)』等の部厚い自家判の本の他に沢山の小冊子を発行されました。
またアメリカのコンタクティ、ダナ・ハワード女史の研究家として有名な方です。ダナ・ハワード女史と長年文通されました。ダナ・ハワード女史は確か13冊の空飛ぶ🛸円盤関係の部厚い単行本をアメリカで出した方です。田口勝世先生はダナ・ハワード女史の本は、全て所有されていました。田口勝世先生が、亡くなって多分35年以上か❓️

生まれ変わって独り言





 


この2枚の写真は、東京の出版社K・Kワールドフォトプレスの社長、今井今朝春さんから来た特製の大判のハガキです。かなり以前の物です。今井今朝春さんは、多分現在84歳位か❓️
今から45年位前に、僕が出していた『ユーホロジスト宇宙旅行ニュース』と言う小冊子を、当時今井社長の雑誌『スペースイラストレイテッド』と言う宇宙開発の専門誌に送ったところ、社長から電話を頂き、またこの雑誌に、僕の小冊子を写真入りで紹介してくれました。東京から時々電話を頂き、今井今朝春社長は、『貴方と一緒に天竜川の堤防を歩きながら、色々な話がしたい。二人で浜松の美味しい、鰻が食べたい。』
と、確かに電話口で、僕に語りました。
今井社長からは、その後も、時々手紙や、電話を頂きました。彼は元・ベトナム戦争のフリーカメラマン。沢山の雑誌の編集・発行をされた方です。
以前聞いた話では、写真家として世界的に著名な人で、写真一枚の金額、つまり稼ぎが、世界中で5本の指に入るらしい。
『トワイライト・ゾーン』『メカニック・マガジン』『モノマガジン』その他沢山のビジアル系の雑誌を出されました。
東京の元・フリーライターの野崎正幸さんは、今井社長の代わりに僕の所に初めて取材に見えました。もう45年以上昔の話ではありますが………😓。
今井今朝春社長さんは、大昔に、僕に語った話を100%忘れていますが、僕は今でもハッキリと、覚えている。
『平野君。君と、二人で天竜川の堤防を歩きながら、色々な話がしたい。二人で浜松の美味しい、鰻を食べたい。』と。

2026.10.30